

バーモントは、ニューズウイーク誌の読者調査で、「世界で一番住みたい場所10傑」のひとつに選ばれました。実際、ニューイングランド地方の都市部に住む人たちの夢は、バーモントに暖炉や薪ストーブのあるカントリーハウスを持つことだと言われています。現在の人口は約60万人と、全米で二番目に少なく、面積も全米で45位です。人が少なく木が多い州としても有名です。
青くけぶるはるかな山脈、その頂に発し、森を走り抜ける渓流のせせらぎ、カバードブリッジの静謐なたたずまい、深い森、起伏に富んだ田園地帯、吹きわたるそよ風・・・現代の喧噪を忘れたかのようなバーモントはダッチウエストストーブの故郷です。バーモントの山野の緑が、隣接するニューヨークやニューハンプシャーより濃く、青々としているのは、この地に自生するサトウ楓の土壌のおかげだと言われ
サトウ楓の紅葉
ています。秋になると、バーモントはこのサトウ楓の紅葉で紅一色に染まります。実は、バーモントはアメリカの環境学の故郷でもあります。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(農薬の危険性をとりあげた最初の本。虫がいなくなり、生態系が壊れ、春になっても鳥の鳴き声がきこえない、という意味のタイトル)が出版され、農薬メーカーが打ち消しにやっきになり始めていた1965年、バーモントのミドルベリー・カレッジで、地質学、生物学、化学、地理学、経済学の5人の教授が集まり、人間活動が地球をどれほど乱用しているかを学生に教えるための専攻科目を設けようということになりました。そして、全米初のこの専攻科目は「環境学」と名付けられたのです。21世紀に入って、アメリカ中の大学が競って「グリーン」を旗印に掲げるようになった今も、
カバードブリッジ
ミドルベリー・カレッジとバーモント大学は全米のグリーン大学6傑に入っています。「車を運転していると、マクドナルドのにおいがする」と冗談を言うのは、バーモント工場の燃焼工学スタッフのマーク・チャンピオンです。マークのマイカーの燃料は、ポテトフライの廃油からできたバイオ燃料なのです。環境への配慮が日常生活に浸透しているのがバーモンターです。

バーモンターって、どんな人たちなのでしょう?「バーモンターを斧で削ると、火花が散る」と言われています。火打ち石のようにタフで強い人たちだという意味です。バーモントの土地は、氷河の置き土産の石ころだらけ。さらには、一年の半分は冬で、あとの半分はそのための準備期間だといわれるほど厳しい風土です。飢饉もありました。耐えきれず、多くの入植者が南西部に移住していった中、営々と350年の歴史をここバーモントで刻んできたバーモンターはがんばり屋です。
「自由と団結」は、1777年に州が独立宣言をしたときからのモットー。旺盛な自立心とコミュニティーとの協調が共存しているのです。歴史や伝統や家族を守り、新しい流行は自分流に消化してからでなければ取り入れません。その良い例が、1800年代にトマス・デイクという建築家が生んだフェデラル様式の建築です。基本は古典的な建築様式ですが、全体的な調和などモダンな要素をデザインに取り入れた優雅な建物で、今でもバーモント州の多くの町に残っています。
フェデラル様式の建物

バーモントは、30代大統領カルビン・クーリッジと21代大統領チェスター・アーサーの二人の大統領を輩出しています。現代も、下院議員で民主党全国委員長のハワード・ディーン元州知事など多くの著名政治家を輩出しています。画家のグランマ・モーゼズが生まれたのは、南北戦争の始まろうとする1860年でした。67歳から絵を描き始め、1961年に99歳で亡くなるまで、子供時代に見たバーモントのカントリーサイドの風景や年中行事を描き続けました。モルモン教徒16,000人を、艱難辛苦の1,600キロの旅の末、現在のソルトレーク・シティーに移住させたブリガム・ヤングもバーモント生まれです。ケネディー大統領の就任式で詩を朗読したロバート・フロストはアメリカで最も人気のある伝統的な詩人で、ピューリッツァー賞を受賞しました。
その哲学的な詩はバーモントの自然から霊感を得て書かれました。バーモントの2人のヒッピー、ベンとジェリーのサクセスストーリーは愉快です。どうしても働かなければならないのであれば、自分たちの大好きなもので商売をしよう。そこで始めたのがアイスクリーム作りでした。
「ロバート・フロスト」
(1874-1963)
地元の牛乳を使い、ヒッピーならではのこだわりで品質や環境を意識したビジネスを展開、今ではアイスクリームの世界的なブランドになっています。最近では、ノーベル平和賞を受賞した対人地雷反対運動のジョディー・ウイリアムズもバーモンターです。
バーモント州ウォーターベリーにある
ベン&ジェリーアイスクリームの本店

薪ストーブの炎に見とれていたら、いつのまにか一日が過ぎてしまったという経験をお持ちの方も多いでしょう。炎のマジックにかかったのです。こうして心がくつろいだとき、ダッチウエストストーブの故郷、バーモントの歴史にしばし思いをはせるのも一興かもしれません。
ダッチウエストの鋳物工場のあるランドルフの町に行くと、巨大な鯨の尾がふたつ地面から突き出ていてびっくりします。実は、カンブリア紀やデボン紀など太古の昔、バーモント一帯は浅海の底にありました。3億年ほど前、造山運動(褶曲)で隆起しましたが、最終氷河期の終わり頃(約2万年前)、氷河の重みで再び海に没し、
現在バーモントの大事な水源であるシャンプレーン湖ができました。今でも、シャンプレーン湖周辺ではベルーガホエール(シロイルカ)や塩水に住む軟体動物の化石が見つかっています。カナダに北上する前のエスキモー文化があったことを示す考古学的痕跡も見つかっています。紀元前2000年ごろに住み着いた先住民が、儀式で使った鯨の尾の細工や釣り道具は、今でも州のあちこちから発掘されています。
前述の鯨の尾のモニュメントは、こうしたバーモントの歴史をふまえた、彫刻家、ジム・サードニスのアートでした。この彫像は、現在シャンプレーン湖を見下ろす大学都市、バーリントンに移っています。
ジム・サードニス作の
鯨の尾のモニュメント
バーモント州はアメリカ合衆国北東部、ニューイングランド地方の内陸に位置し、西はニューヨーク州、東はニューハンプシャー州、南はマサチューセッツ州、北はカナダ・ケベック州と隣接しています。