ブランドヒストリー | Dutchwest Japan / ダッチウエストジャパン


    ダッチウエストジャパン



    ブランドヒストリー

    マッキニーとその仲間が作り上げた完璧な薪ストーブ

    ダッチウエスト創業者ブルース・マッキニーダッチウエスト創業者
    ブルース・マッキニー

    コンソリデーテッド・ダッチウエスト社は、1974年にブルース・マッキニーらがアメリカ東海岸で創業しました。マッキニーは、当時にはなかった小型の高性能ストーブを鋳鉄で作ろうと決意します。鋳鉄の表面に凹凸をつけることで表面積を広げ、その分ストーブを小型化させ、さらにストーブを完全な密閉型にすることで、一度の薪で一晩中、熱を出し続けることを実現しました。分離された灰受専用のドアと灰受皿などの発明はダッチウエストが最初に導入しました。コンベクションシステムはダッチウエスト独自の特徴としてダッチウエストでしかできない贅沢な暖かさを生み出します。社名のダッチはオランダ、ウエストは西と言う意味。貿易によりオランダが未開の国へ文明をもたらしたように、マッキニーの技術が世界へ広まってほしいという思いが込められています。

    DUTCHWEST HISTORY

    キャタリティックコンバスターキャタリティックコンバスター特殊なステンレス鋼の筒とハニカム状の目にパラジウムなどのレアメタルを付着させ、煙とレアメタルが反応することで220℃で煙が燃焼する。
    −燃焼効率が50%アップ
    −薪消費量を25%節約
    −煙を90%燃焼

    薪を燃やすと煙が発生し、その成分は未燃焼ガスです。マッキニーは煙を燃焼させやすくする「キャタリティックコンバスター」という触媒を利用する技術を取り入れることで、煙が低温状態で燃焼できるようにしました。通常、600℃以上にならないと燃えない煙が、触媒を通ることで、220℃の温度で煙突を抜ける前に燃焼させることに成功しました。この効果で、煙は90%もクリーンになり、薪の消費量も抑えられました。当時キャタリティックコンバスターは高価でしたが、来るべき時代を予測したマッキニーは、これを標準装備として採用しようと考えました。そして1984年、マッキニーはフェデラルコンベクションヒーターに、世界初となるキャタリティックコンバスターを搭載し、発売を開始しました。

    ダッチウエストが世界で初めて採用し、多くのストーブメーカーが取り入れた特徴
    サイドドアサイドドア

    サイドドアからの薪の追加は、体に受ける熱を和らげ、火室からの灰の散らかりも少なくなります。長い薪の追加に大変便利です。

    バイパスダンパーバイパスダンパー

    最初の着火を容易にし、ダンパーを閉めることで、煙の流れを変えて、再燃焼を促すシステムに切り替わります。

    灰受皿専用ドア灰受皿専用ドア

    独立した部屋に灰受皿があり、たくさんの灰を簡単に捨てることができます。

    リバーシブルフルーカラーリバーシブルフルーカラー

    煙突を差し込むフルーカラーは、上方、後方のどちらにも接続できるように設計されています。住環境に合わせて、煙突の向きを変えることができます。

    バーモントキャスティングス

    本物の〝ものづくり″

    バーモントキャスティングスは、後に天オと称される2人の若者によって、アメリカ北東部の自然豊かで風光明媚なバーモント州で産声を上げました。創業以来、環境性能とデザイン、機能性にこだわり続け、現在でもバーモントキャスティングスの薪ストープは憧れの存在となっています。

    消えかけた‘‘室内の炎’'を 取り戻した2人の若者

     世の中は安定した石油市場にあぐらをかいて、石油製品や化石燃料が世界を闊歩していました。 だれも石油がなくなるとか高騰するなど想像もしていなかった1970年。 日本では日本万国博覧会が「人類の未来と調和」をテーマに開かれ、「自動」と「ファストフード」と「缶コーヒー」を日本に根付かせました。薪に火を付けて台所仕事をしたり、 囲炉裏で暖を採ったりという「時間はかかるが実は理にかなっていた昔」に戻ろうとは誰も考えず、時代遅れとさげすむ者さえいました。そして、急激にエスカレートする科学の利便性の前に、日本の炎を操る文化はあっけなく途絶えてしまいました。
     一足早く現代科学を享受していたアメリカではしかし、18世紀半ばに発明された通称フランクリンストーブと呼ばれる薪ストーブがしぶとく生き残っていました。しかし20世紀後半の時代にあっては恐ろしくローテクなこの暖房器具は、セントラルヒーティング等に取って代わられつつありました。
     ところが、1973年10月16日。OPEC加盟 のペルシア湾岸産油6か国が原油公示価格の 21%引き上げを断行し、12月には翌年1月より原油価格を2倍に引き上げることを決定しました。
     その頃、暖炉よりは良いが煤煙をまき散らす薪ストーブという代物をどうにかしたい、と高邁な精神をもつ2人の若者ダンカン・サイムとマーリー・ハウエルがバーモント州で会社を起こしました。それが今では伝説にまでなったバーモントキャスティングス社 Vermont Castings(以下VC社)です。 この夢と勇気と実行力のある若者たちがアメリカ伝統のフランクリンストーブを厳しい環境規制の現代に蘇らせ、アメリカは室内で炎を楽しむことを守ることができたのでした。 皮肉にも石油が薪を救う結果となったわけです。

    世界の薪ストーブの名機 アンコールの誕生

     VC社のマスターピース “アンコール’’誕生までの歴史を振り返ってみましょう。 同社は、1988年、アイデンティティたるデファイアントの生産終了を発表しました。1975~1988年までの14年間という長きにわたって生産された名機デファイアントでしたが、その後に制定された排気ガス規制の基準を満たすことができずに、 多くの人に惜しまれつつ引退しました。そして、デファイアントの引退と時期をオーバーラップしながら1986年に薪ストーブ界のゲームチェンジャーとなる、厳しい排気ガス規制がクリアする触媒を搭載した新機種がデピューしました。それがデファイアント・ アンコールでした。
     当時、 アメリカ国内には500もの薪ストーブメーカーがありましたが、この排気ガス規制がクリアできないため、 その数は10分の1にまで絞られたのでした。1998年、デファイアント・アンコールよりさらに大柄なフラッグシップモデルであるデファイアントをリリースするにあたり、 デファイアント・アンコールの頭のデファイアントを外すことになり、現在のアンコールという名が定着することになりました。
     その後もアンコールを筆頭にVC社の薪ストーブは進化を続けました。VC社の最大モデル、デファイアントとアンコールにはフレックスバーンという触媒にプラスしてクリーンバーンでとことん排気を浄化する装置が搭載されました。2020年5月、アメリカでは排気ガス規制がさらに強められ、1時間あたりの煙を2g以下にしなければならなくなりました。しかし、現在のバーモントキャスティングスのすべてのラインナップはその規制を楽々とクリアしています。
     大切な地球を守るための持続可能な開発目標「SDGs」を掲げて環境問題や人権問題といった課題を2030年までに解決しようと、世界各国で動き始めました。薪ストーブはカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均等にすること)の暖房器具として、欧米で再び脚光を浴びています。これからもバーモントキャスティングスはSDGsのその先を見据えてクリーンで脱炭素の社会の実現を目指していきます。

    薪ストーブメーカーとしての、長い歴史と実績

    クワドラファイア創業者クワドラファイア創業者
    左:ダン・ヘンリー
    右:アラン・トラスラー(現:HHT社 副社長)

    クワドラファイアは、1979年にアメリカのワシントン州でダン・ヘンリーとアラン・トラスラーが創業しました。全ての人が簡単な操作で最高の燃焼パフォーマンスを発揮できることが、自分達の使命と考えていました。操作の簡単なクリーンバーンに資産を投じて研究に没頭しました。2年間の研究成果によりEPA(アメリカ環境保護庁)の規定もクリアした四次燃焼システムを開発し、特許を取得しました。性能と使いやすさを追い求める2人は、自動燃焼制御システム(ACC)や灰除去システム(ARS)など性能と機能性を高める開発を次々と行っていきました。1997年にHHT社のグループに入り、最新技術を完備した工場を設立したことで、さらに高クオリティなストーブを生産できるようになり、燃焼効率の高さと低排出ガス、デザインの良さは、世界各国で高い人気を誇っています。

    ストーブの性能を追求し続ける、飽くなき向上心

    エクスプローラーシリーズ

    今では、クワドラファイアの代名詞とも言われる四次燃焼システム「クワドラバーンシステム」。1990年のEPA(アメリカ環境保護庁)による薪燃焼規制の制定後、2年間の研究開発を経て、特許を取得したこの独自システム。火室内の4カ所で燃焼させることで高効率な燃焼とガラス面いっぱいに広がるダイナミックな炎が魅力です。対流熱を発生させるコンベクションシステムに堅牢な構造等、クワドラファイアの燃焼性能と操作性を最優先させる理念は、今日も受け継がれています。

    自分のために製作したストーブが、世界を席巻

    ハーマン創業者ダン・ハーマンハーマン創業者ダン・ハーマン

    ハーマンは、ペンシルベニア州でダン・ハーマン(Dane Harman)によって、1979年に創業しました。その頃、世界中で巻き起こった第二次オイルショックにより、暖房費がダンの家庭にも重くのしかかっていました。工業製品を製造する会社で溶接工として働いていたダンは、その技術を活かし自宅で使用するストーブを製作しました。ストーブはとても暖かく、友人や知人から賞賛を受けました。その話題は瞬く間に広がり、たくさんの注文が入るようになりました。1980年代に入ると初めてのショップを構え、様々な技術を開発して特許を取得し、EPAも難なくクリアしています。ハーマンの名前は広く知れ渡るようになり、会社の規模を大きくしたいダンは、1990年代に初めてのペレットストーブを製作販売します。さらにガスストーブ、暖炉へと取り扱うカテゴリーを拡大していきました。2000年代に入るとファイアドーム燃焼システムを開発し、オークウッドに搭載しました。その後に、オークリーフを発売します。2006年には工場を拡大して生産能力を大幅に増強。2007年11月にハース業界世界No.1のハース&ホーム テクノロジーズ社のグループに入り経営基盤を強化し、薪ストーブやペレットストーブを世界で販売できるルートを確保しました。

    性能が最優先。価格ではない。

    ハーマン

    この言葉はロゴにも書かれており、ダンの製品作りに対する哲学です。ストーブは「高機能、高品質、頑丈」であること。使用していく中で、最も重要視すべき点、それを貫いてきました。ブランド名に「ハーマン」と自分の名前を付けています。自分の名前が付いているがゆえ、製品に対して責任を担う。製品がきちんと設計され、製造されていることが非常に重要になる。物作りに関わる責任を貫いています。その思いは、今でも一貫しています。ダンは現場主義をモットーに、設計から製造までを手がけ、スタッフとともにストーブ製造を行っています。2002年、ハーマン・アイアンと名づけられた鋳物部門を新設。ペレットストーブ「アセントラ」を製造しVesta Award賞に。2004年にはP68もVesta Award賞に輝きました。2005年2月、創立25周年記念としてXXVを発表。審美性を兼ね備えたストーブで、ハーマンの名はさらに脚光を浴びることとなります。


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